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松島味覚めぐり
「西と東に分かれていても、心変わらぬ−めおと島」うたわれる二つの島で、右側の高遠島を女島、左側の沖ノ遠島を男島とも呼んでいます。松島は太古の昔、松島丘陵の一部が河川浸食によっていくつもの谷となり、さらに地殻変動によって海に沈降し、海面より高い部分が島として残りました。その後長い年月が凝灰岩(ぎょうかいがん)を浸食し、人工では作れぬ妙景、絶景の島々を作り上げたのです。
幾千年の歳月にわたる風浪雨雪によって下部の集塊岩は浸食が遅れ、頭部の泥板岩は横縞状に削れ、中間はやわらかい凝灰岩なので甚だしく浸食され、あたかも仁王の像を思わせる島です。きらめく青海原に君臨する、傑作中の傑作です。
仁王島の後方の湾内で3番目に大きい島。この島には400人あまりの住民が住んでいます。
この穴を小舟などで通り抜けると長生きすると伝えられています。
松島湾の中央に位置し、断層の弱いところを波が打って破壌した洞門が4つもあり、自然との長い戦いの跡を物語っています。この島に大波が打ち寄せると、まるで鐘を打ったように聞こえる事から鐘島と呼ばれています。
見る角度によって白鷺が飛び立つ形に似ているため、こう呼ばれています。
美島・奇島の松島の中にあって印象に残る島のひとつ。烏帽子兜に似ていることにより、“兜島”と名付けられています。
小さい裸の島で、ちょうど波頭のような独特の形をしています。
伊達政宗公が月見の宴を開かれた島と伝えられています。その時、「このように見渡す限りの視界なれば、落城の憂い無し」と言ったのを家来が聞き、城がなくとも在る城の島と書いて在城島と呼んでいます。
湾内で最も女性的で可憐な島です。
島内には108体の仏像や塔婆、あるいは座禅堂があり朱塗りの渡月橋により自由に渡れる。この島からは松島海岸一帯や島々の眺めが良いです。
昔、仙台藩の城主、伊達政宗公が風流をたしなみ、湾内を遊覧した際に、この島の形の良いのを気に入り、「あの島を余の館に運ぶ者あらば、銭千貫を遣わす」と言ったことから千貫島と呼ばれています。
自然の盆景を見るような優雅な美しさは、松島景勝の中で最も愛されています。また形が似ていることから一方を亀島、他方を鯨島とも呼ばれています。
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